不登校はあきらめることも・・・
私がオフィスを構える大阪で、引きこもりの青年が民家に侵入してそこの家族を殺傷するという事件がありました。
門真市というと、昔からの住人も多い下町で、また大阪の中心からも近く通勤に便利なため、住宅街の多い地域になっています。
ですから、それだけ不登校や引きこもりの子も多くいるようです。
今回の事件は、おなじ大阪にいて不登校や引きこもりの支援をしている身としては、とても残念でなりません。
この加害者ももっとはやく適切な対応をされていれば、このような事件を起こすこともなかったのではないか、彼の母親のブログを読んでそう思いました。
私は以前から、不登校も引きこもりも放置してはいけないと言い続けてきました。
にもかかわらず、なかなかそのような考えは浸透していきません。
いつまでも、政府公認のスクールカウンセラーや社会福祉士などの「あせらず長い目で見守ってあげましょう」という考えがまかり通っています。
そして、ほとんどのケースでまともな対処がなされないままに放置されています。
カウンセラーや行政の人間からすると、問題を解決するだけの技術も知識も経験もないので問題を先送りしてしまいたいという意識が強くありますし、親の側からすると現実から目を背けたいという思いがあります。
また、不登校や引きこもりを研究しているという心理学者や社会問題研究家も、本当は臨床経験がほとんどないにもかかわらず、自分たちの権威は守らなければなりません。
そんな三者の利害が一致するのが、問題の先送りという日本ならではの対処法です。
その結果、不登校や引きこもりには本人が自力で立ち直るまで放っておくのが一番だ、という意見が常識のようになってしまっているのです。
ただ今回の事件で私も、『放置してはいけない』との主張の反対のことも言わなければならないことに気づきました。
それがタイトルにも挙げた、【不登校はあきらめることも必要なときがある】ということです。
不登校を放置するなというのと、あきらめろというのとでは、正反対の主張に思えるかもしれませんが、実際はそうではありません。
放置してはいけないというのは、ほったらかしにせず、適切な対処をしなさい、ということなのです。
この【適切な】というのが、とても大事なのです。
不適切な対処をしてしまうと、治るどころか余計に悪化させてしまうのです。
これも何度もくり返し言い続けてきたことですが、やはりなかなか理解してもらえていません。
そして、自己流の誤った対処をしてしまう人が後を絶たないのです。
今回の事件の加害者の母親もそうでした。
母親のブログによると、高校入学後に加害者が登校拒否をしたとき、無理やり学校に行かそうとして車に乗せて校門のところまで連れていったということです。
そして、車からひっぱり出して、中に入るように必死で説得したり、急かしたりしている最中に加害者である息子は走って家に逃げ帰り、それから引きこもりや暴力的な行動が始まったということです。
このような強引な対応は、不登校のお子さんを抱える親御さんなら一度はしたことがあるのではないでしょうか。
単なる怠けからの不登校であれば、もっと厳しく、家から放りだすぐらいの対応が正解です。
しかし実際には、そんな単純な不登校はごく少数派です。
それ以外は、もっと深刻な理由があるのです。そんな深刻な理由のある不登校の子に、このような強引な対応は厳禁です。
ハッキリ言って最悪の対処法で、それをきっかけに子供が心を閉ざしてしまったり、精神を病んでしまったりすることがほとんどです。
ですから適切な対応ができないのであれば何もせずほうっておいたほうが、はるかにましなのです。
だから、【不登校はあきらめなさい】と言うのです。
小学校や中学校は学校に行かなくても卒業することができます。
また、高校以上が義務教育ではないので、そもそも行きたくもないのに行く必要はありません。
もちろん、不登校や引きこもりを放置しても精神状態は悪化していきます。
しかし、不適切な対処をして一瞬でひどく心を破壊されてしまうより、放置で徐々に悪化していくほうが、その過程で適切な対処法が見つかる可能性もあり、治る可能性は格段に違ってきます。
前者のように心が壊れてしまった場合は、元の状態にもどる確率はほぼゼロに近く、通常であれば、私も支援をお断りさせていただくようなケースになります。
それに対して後者のほうは、少しぐらい放置していても、まだ適切な対処をすることで改善させることは可能です。
本来は、早期に適切な対処をするのがベストですが、そうでないなら、不登校はあきらめる、これが次善の策だと言えるでしょう。