同情と愛情とは別もの
自分勝手な思いやりは人を傷つけることも
『日々、反省』みたいな殊勝な心がけをしているわけではないのですが、それでも、時々は相談者さんから反省させられることがあります。
ちなみに、私は一般にカウンセリングで用いられる『クライアント』の代わりに『相談者』という言葉を使っていますが、これも今回改めなければと反省しているひとつです。
私が一体どんな反省をしたのかというと、自分勝手な思いやりは逆に人を傷つけたり、迷惑をかけてしまったりする、ということに改めて気づいたことです。
普段、お子さんの問題に悩んでいる親御さんたちに同じようなことを言っているのに自分自身がそれに気づいていなかったのですから、やはりまだまだカウンセラーとして未熟だったと言えるかもしれません。
親は子供のためによかれと思って身を削って尽くしてやったりするものですが、時としてそれが自分勝手な思いこみで子供にとっては迷惑でしかなかったり、子供の自立心を削いでしまったりして、アダとなっていることがあります。
これは自分ではなかなか気づきにくいもので、そのようなところをアドバイスさせていただき、お子さんへの接し方を変えていただくだけで、不登校や引きこもりがあっさり解決してしまうということはよくあります。
ですから人に何かをしてあげる場合は、自分の思い込みや気持ちでなく、相手の状況をよく見極めて、本当に必要なことをしてあげる必要があります。
また、中途半端にしかできないのであれば、最初からしないほうがいいということもあります。
カウンセリングもビジネスか?
私はお金の話をするのは、どうも苦手なのですが、今回はそれも反省事項なのであえて書きます。
きっかけは、以前相談に来られた方が某サイトのレビューで私のカウンセリングや料金について酷評を載せていたことを別の相談者(今回はまだこれで統一しますね)の方から知らされたことです。
ありがたいことに、知らせてくださった方はすぐにフォローのレビューを書いてくださっていましたが、やはり誤解されるようなところがあったのは事実ですから反省し、訂正しなければなりません。
ひょっとしたらこれをお読みの方の中にも、同じような誤解をされている方もいるかもしれませんし。
というわけで今回は、私のカウンセリングに対するスタンスと料金も含めたシステムについてお話したいと思います。
私は、通常のカウンセリングを1時間6000円で行っていました。
これは、一般のカウンセリング料金の相場を知っている方はお分かりかと思いますが、最低レベルの金額です。
これより安いものは、病院の保険扱いのカウンセリングか、行政機関の無料相談か、開業したての初心者カウンセラーの練習カウンセリングぐらいになってしまいます。
料金、価格というのは、 ブランド物などをみてもわかるように、 技術や質の良さ、価値をあらわす指標でもあります。
ですから、自分で言うのもなんですが、私のように実績のあるベテランカウンセラーが最低料金に設定しているというのは、社会的にも、経営的にもマイナス面は小さくありません。
最低料金にこだわるのであれば、若いスタッフを雇って彼らにカウンセリングをやらせるというのが普通です。
ただそれでも私は、自分にしかできないから、そして、お金に余裕のない人でもなんとかしてあげたい、という思いでずっと開業当初から変わらぬシステムでやってきました。
その上、メールや電話での相談は無料でおこなっているのですから、商売や経営を少しでもかじったことのある人からすれば『お前はバカか』と言われるような、ど素人の経営です。
メールにしろ電話にしろ、それだけで30分、1時間とかかってしまいますから、相談が立てこんだりすると、それだけで半日ぐらいは余裕でつぶれてしまい、食事もろくにとれないこともままあります。
それでも、少しでも人の助けになればという思いでやってきたわけですが、これがまさにかん違いであり、アダとなってしまっていたわけです。
私のオフィスでは心理カウンセリング以外に、認知行動療法、催眠療法、インナーチャイルドセラピーなど、各種の治療メニューがあります。
そして心理カウンセリングというのは、基本的に心身ともに健康で心を病んでいない人を対象としたものになります。
健全な心をもった人が失恋した、受験に失敗した、職場でイヤなことがあった、などで心の持ち方をアドバイスしてほしいというようなケースです。
このような治療の必要のないケースでは1時間のカウンセリングだけで解決できることもあるので、料金を1時間単位で設定しているのですが、ここで誤解が生じてしまったのです。
大きなトラウマを抱えていたり、神経症や精神疾患をもっていたりする人がカウンセリングで治ることはありません。
ただ神経症や精神疾患であっても、まだ症状が軽い場合でカウンセリングを希望される方にはカウンセリングも受け付けていたのですが、やはり心を病んでいる人は事情が複雑なことがほとんどであるため、話を聞くだけでも1時間はかかってしまいます。
そこから治すためのカウンセリングが始まるわけですから、1回のカウンセリングに当然2時間前後はかかってしまいます。
ところが1時間6千円と表示しているため、神経症や精神疾患、虐待などによる大きなトラウマをかかえた人などから、
『1時間で治らないまでも、症状が半減ぐらいはするんじゃないか。そして数回も通えば治ってしまうんじゃないか』
と、過大な期待をもたれてしまっていたのです。
なるべく負担にならないようにと最低料金に設定していたのもアダとなって、
『それぐらいなら、1、2回はなんとか払えるから』
と、頑張られてしまっていたようです。
もちろん私にありあまるほどの時間とお金があれば、そのような頑張りに応えて無料のカウンセリングを継続して提供したいところですが、メールや電話での無理カウンセリングについで、面談でのカウンセリングまで無料でおこなってしまうと生活が破綻してしまいます。
そんなこと最初からできるわけはないのですから、本来は他のカウンセリングオフィスのように、相談者ではなくクライアント(お客さん)として扱い、適正料金できちんとビジネスライクに対応するのが正しかったのです。
ヘタな同情心で対応しきれない人にまで期待をもたせてしまうと、逆に迷惑をかけてしまうということに今回は気づかされました。
結局、そんな誤解をまねくような経営システムをとっていた私がすべて間違っていたわけです。
そのようなわけで、私も現在のような素人経営のシステムを改めようと反省した次第です。
不登校や引きこもりのカウンセリングにおいては、ご家庭や当人の状況を勘案して、私の手に負えると判断したケースのみお引き受けしています。
それと同様に一般のカウンセリングにおいても、今後はきちんと適切な療法を継続して受けていただける方だけを対象とするシステムに変えていこうと考えています。
またカウンセリングという言葉自体が、治療ではなく、1回でもスッキリする傾聴カウンセリングの軽いイメージがあるため、まずはカウンセリングという言葉を自粛することから始めようと思っています。
(不登校や引きこもりは治療よりも相談的側面が強いため、そのままカウンセリングと称します)